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    前へ。 

     会社の側の公園の桜が一輪咲いていた。春。
     

     北島忠治 きたじまちゅうじ(1901~96 元・明治大学ラグビー部監督) 新潟県生まれ。明大学生時代は相撲部に所属し、活躍。3年の時、メンバーが不足していたラグビー部に頼まれ、フォワードの一員として試合に参加。以来、ラグビーに転向。1929年 (昭和4)に明治大学卒業と同時に同校の監督に就任。以来67年間に渡り、没するまで生涯、「明治大学ラグビー部 監督」であった。対抗戦グループ優勝11回、大学選手権優勝11回、1976年には日本選手権を制覇した。片手にLARKの紫煙を燻らせながら、静かにゲームを見守る姿が印象的だった。座右の銘 「前へ。」は、今でも明大ラグビー部の「部訓」であり、変わることのない、大きな大きな「指針」である。wikiより。

     昨日のW杯一次予選、「日本 対 バーレーン」戦。キーポイントは「前」だった。

     前半。日本は「なんだかなあ?」というプレーのオンパレードだった。ヒデが。シュンスケが。福西が。高原が。全員が。ボールを持って自分が「前」を向く!というプレーをしていなかった。相手のプレッシャーが入ると後ろに戻す。入らなくても後ろに戻す。「崩す」意識はわかるのだが、ボールポゼッション率は高くても、ただただ、「回している」印象が高かった。まあ、後ろに戻すのも「前」を向いているプレーヤーに渡すと言い換えることも確かに可能なのだが。。。一方のバーレーンはボールを受けると必ず自分で「前」を向いていた。押されていても、支配率は低くても、「引き分け狙い」のバーレーンの方が気迫にあふれる「いいサッカー」をしていた気がする。
     
     後半。バーレーンの引き分け狙い色が強くなったこともあるけれど。開始直後から、明らかに日本のサッカーが変わった。ヒデが。シュンスケが。福西が。高原が。全員が。ボールを持って自分が「前」を向く!というプレーをしはじめた。本当に必要な場面のみ、後ろを使う。鈴木も高原も、「くさび役」というより「くさびパスを貰っても、自分で前」を意識してプレーをしているように感じた。プラス。絶対にボールを奪うという気迫のこもった高い位置での「前」からの守備。当然チャンスは増える。「前へ」の意識、「ゴール」への執念を象徴したプレーが後半10分の鈴木。ヘディングをキーパーに阻まれたが、「おいおい、それじゃ破れるよ、ネットが」とばかりにゴールに突っ込んだ。

     そして。ゴールシーン。「前」への気持ちが命運を分けた。シュンスケのFKに「前」への意識を持って飛び込む選手たち。宮本が、中沢が、高原が。結果、「前」へのクリアを選択せず、ゴール前のバックパスという「後ろ」を選択してしまったバーレーン10番サルミーンのオウンゴール。「前」が生み出した、まぎれもない日本のビューティフルゴールだったと思う。
     
     もしかしたら。「前半は、わざと自分で前を向かない!」という作戦だったのかもしれない。シュンスケのセットプレーだって、前半は「徹底ニア」だった。「前」まで含めての「後半に変化を!」という意図であったなら、見事な心理戦の勝利である。

     試合後。「幸運」、「強運」、「つき」と何度も質問を浴びせる報道陣にジーコは断固として言い張った。「プレッシャーをかけ、選手全員が前へ、ゴールへ、と意識した結果、オウンゴールが生まれた。みんなの気持ちが乗り移った立派な1点だ」。さすがぁ!神様!わかってるぅ!

     この試合のビデオは、教材として大事にしようと思う。対比も含めて、自分で「前」を向くことの大切さを語るには、こんなGOODな教科書はない。コムズカシク、ボディシェイプ論を語るより、愛国心を持って、興奮しながら、楽しく、子供は学べる、絶対に。

     北島先生、サッカー日本代表がやってくれました!後は「強い明治」復活を待つのみです!(笑)

    「前へ」。いい言葉だ。明日から新年度。2005年度は日本中が一歩、「前へ」踏み出せますように。


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