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    変わったのは子供じゃないのか…。 

    今日は暖か。小春日和ってやつか。


     昨日、〝今の中2〟をナジってしまった。では、自分はどうだったのか? 今日一日、自分の中2時代に思いを馳せてみた。

     思い出すのは。「呼び出し→説教→叩かれる」のゴールデンコースしかない(苦笑)。
     子供側がやっていることは今も昔も変わらないことを実感した。

     校則を破り、自転車で学校に行く。 バレるとヤバいので学校の近くに住む友達の家が駐輪場。必然だが、そのうち、そいつの家の前に20台以上のチャリが止まるようになる。付近住民から学校にクレームが入る。ジ・エンド。先生から、

     呼び出し→お説教→平手打ち。お決まりのパターンAコース。

     テキトーに授業を聞いて、ワイワイと休み時間を過ごし。給食タイムへ。食い盛りの知恵は怖ろしい。少食の女子を各人が確保。「ちょ~だい。約束だよ」。パンやオカズを「少しでも多く食えるように」工夫をする。配膳終了。「いただきます! の前に先生を呼んできて!」。そして教師が教室に到着。さぁ、食うぞ! ところが、教師の分を配膳してない。「オレの分まで食うのかぁ~!お前らはっ!」。

     呼び出し→お説教→平手打ち。お決まりのパターンAコース。

     放課後、サッカー部の練習に突入する。「勝ちたいから」、基本的にはマジメに練習は、する。でも、3年生がいなけりゃ、部活は2年生の天下。気分が乗らない日は、隣のソフト部の女子にチョッカイを出す。バレー部のカワイコちゃんも気になるので、裏庭のコートにも顔を出す。一番のお気に入りは卓球部。男子には到底勝てないけれど、女子にはたまにパワーだけで勝てちゃったりする。野郎どもだけでタマ蹴っているよりも、女の子と「ピンポン」やっていることのほうが全然、楽しい(笑)。そのうち、全ての「女子がいる部」に2年サッカー部全員が行くようになって…。

     呼び出し→お説教→ゲンコツ。お決まりのパターンBコース。

     健康診断。問題は検尿で発生した。当時の検尿スタイルは自分の尿をナンバーなんて書いていない紙コップに取って、リトマス紙みたいなヤツをその場で突っ込み判定してもらう形だ。当然、順番が来るまで並ぶことになる。終わればトイレに捨てに行く。で、そのうち「おいっ、ションベン出ねぇ。オマエの貸せ」と検査終了した子の紙コップを尿ごともらって順番待ちというヤツが出てくる。そうなると、「オレもオレも」。40人以上で1人の尿を回すが、どこにもトロいヤツはいて。先生にバレる。

     呼び出し→お説教→ゲンコツ。お決まりのパターンBコース。

     再検査をすると、何人かに「糖だ~、タンパクだ~」が出ている。そりゃそうだ、40人以上なのだから(苦笑)。「ほら、みなさい!」ということになり、一度先程、同じことで怒られたばかりなのに再度激怒モードに先生が突入。

     呼び出し→お説教→「手じゃ効かないっ!」とスリッパ殴り。ちょい格上のCコース。

     オシャレにも余念がない。基本、アタマはアイパー(アイロンパーマ)。リーゼントスタイルが維持できるから。コテで焼いて伸ばすストレートパーマみたいなもんだ。サスガに学校にリキッド・チック・グリース(今でいうグロス)系の油をアタマに付けていくと特別コースが待っている。なので、基本、水分のみのトニック系をアタマに振り掛け、学校に向かう。しかも、男子ほぼ全員。結果、ブラバスだ、エロイカだ、タクティクスだ~の香りが教室に充満ということになる。

     これは怒られない。言ったところでヤメやしない…と先生があきらめていた。

     ツメエリは全員が5cm以上のモノ。丈は〝少なくても〟太ももの半ばまでは来る俗称「中ラン」。ヒザ下まで来る俗称「長ラン」は着ない。先生に怒られるのもあったが、何より高校生にシメを喰らうのが怖いからだ(短ランは高校に入ってから流行る)。裏地には金糸で虎、龍、鳳凰の大きな刺繍入り。それら全て「RK2000」「ET2500」等の名前が付いて学ラン屋で売っていた。つまり、以下のような会話が成り立つ。

     「見て、見て~」
     「うわっ! オマエRJ買ったの? しかも3000じゃん! カッコイイ~」

     長くなったけど。書いていてオモシロイので続けたい。お許しを。ズボンに行く。「パンツ」ではない、「ズボン」だ。ズボンは各人の好みで実にバリエーションに富んでいた。イチイチ説明をすると長いので俗称だけを書く。「ズンタン」「ボンタン」「バギー」「スリム」…。それに「タック」の数だけバリエーションが増える。

     5タックなんてのもあった気がする。

     カバンに移ろう。軽くて丈夫なクラリーノは絶対にあり得ない。なぜなら、ツブせないから。革、しかも牛が望ましい。値段が高いが、入学時に親に「これだけは…」と懇願して、皆、買ってもらう。ツブし方は以下の通り。お湯を掛ける。そのまま、本棚等のかなり重さがあるものの下に1週間程、入れる。〝もっと〟を望む場合はキリで革に穴を開けワイヤー等で〝縫う〟。そうやって極限まで薄さを追求。なんてったって、

     「プリント2枚しか入らない」がステイタスだ(苦笑)。

     そうすると、カバンに何も入らなくなってしまう。なので「別のバック」が必要になる。ここで買うのが「マジソンバック」だ。説明が面倒なので画像リンクを張る⇒ココ。色は数色あるが紺がスタンダード。オシャレクンは白を持つ。ただし汚れるので、スグに買い換えなくてはならない。で、よせばいいのに…コレをツブす、縫う。そうなると、また荷物が入らない。今考えるとバカとしか言いようがない(苦笑)。ここでadidas、PUMA等のエナメルバッグ(ショルダーではない)が登場する。これは縫いさえしなければ、ツブす・膨らますが容易にデキる。なので、卒業時は全員がこれを持っていた(笑)。

     最後にグッズだ。これで完璧っ!全て「クリームソーダ」。
     おっと。女子は「ナメネコ」の文具等も持たねばならない。

     いい思い出ばかりじゃない。イジメもされたし、した。上級生に「オマエ、ナマイキ」とボコボコにされる。下級生を「オマエ、調子乗りすぎ」と呼び出し、ボコはしなくても文句つけたこともある。女子は、もっとすごく「ムシの刑」とか言って、気に入らない子を2~3日無視したりしていた。ケンカもよくした。ハンパなくやる。血を流しながらやった。タバコを吸うヤツもいた。僕も一度、吸ってみたが気持ち悪いので、すぐやめた。

     でも、絶対に止めるヤツがいた。本気になって「ダメだよ!」と言うヤツが必ずいた。
     その人間は毎回違った。もちろん、僕も止めるヤツになったこともある。
     みんながみんなのことを考える仲間だった。みんなが友達。
     だから必死に関わった。みんなが関わるから、ケンカも終わればスッキリしたものだ。

     学校のことは学校が解決もしてくれた。全員の先生には、やたら殴られたが、余程ヒドイことをしない限り家に連絡が行くことはなかった。家庭訪問、3者面談の時だって、「まっ、ヤンチャですが。男の子ですから。元気があってよろしいと思います」。父母もスゴクて。「先生、コイツは言ってもダメです。叩くじゃ足りない。殴ってください。家でもそうしてます。死なない程度にやってください」と言ったのを今でもハッキリ覚えている。友達のオヤジもみな、怖かった。友達の家で悪さをすれば、他人の家の子どもだろうがお構いなしにブン殴られた。「友達なんだろ! だったらオレの息子みたいなもんじゃねえか!」

     先生も必死で生徒に関わってくれた。
     両親も必死で子どもに関わった。
     友達のオヤジも近所の爺さんも必死で地区の子に関わった。
     とっても、ゲンコツは痛かったけど(笑)。

     別に暴力を復活させろ! 暴力を認める! なんてことを言う気はサラサラない。時代が違う。コンプライアンスだ~、なんちゃらハラスメントだ~とすぐに訴訟になってしまう時代だ。先生だって、自分の生活を守る方が先なのは十分に理解ができる。暴力はいけないことだ! と親父に殴られながら教わったしね(笑)。ただ、大人が人と〝関わる〟ことを良しとしなくなっていることが悲しい。

     そう。中2だけが「人と関わる」のを辞めたわけじゃない。
     日本全体が「人と関わる」ことを辞めてきちゃったんだよなあ。
     まあ、せめて僕という自分だけは。我がチームのコーチとして地域に〝関わって〟行こう。

     回想再び。下校時。ゾロゾロと校門前の広場に集合する。野球部、男子バスケ部、男子バレー部、陸上部にサッカー部にエトセトラ。別に集団下校ってわけじゃない。単純に「おうっ! みんなで帰ろうぜっ!」。いや、そんな言葉もなかったな~。群馬のド田舎だから、塾なんざ誰も行ってなかったし。その人数で、途中にある「おでんや」に寄る。店は黒だかり。近所迷惑となり、

     呼び出し→説教→ゲンコツ。お決まりのパターンBコース。

     ○時完全下校なんてものもなかった。子どもを脅かすバカがいない時代だったからだけど。外は真っ暗の時間になっても、仲のいい女の子とラブラブな会話を楽しむ。時にはフザけてスカートをめくったり、ブラの後ろのヒモを引っ張ったり。当たり前だが、そんな時間はエンドレスに楽しい。いつまでたっても帰るはずがない。そして、呼び出し→説教→…。

     生活指導・バレー部顧問の掌底スパイク! 5連発のスペシャルコース。
     「色気ザルっ!」の罵倒付き。
     好きな先生だったが〝関わり〟たくなかった、あの時だけは…(笑)。

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