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    Jビレッジで見たもの。 

     半袖では居られない肌寒さの「晴れ」(明日は大雨らしい)
     

     春休みのある日の話。福島に子供3人連れて、里帰り中の嫁から携帯MAILが入った。

     「今、J ビレッジにいます!」

     はっ?ちょっと待て。何それ。ず、ずる~いっ!怒りのMAILを返信。「一家の大黒柱抜きで、そんな楽しそうなコトするな!」。すると再び、パンパカパ~ン!パッパッパッパンパカパ~ン!(MAIL着信音が20世紀FOXのテーマなのです)。「U-14トレセンとオリンピック予選を控えた女子代表が練習しています!混ぜてはもらえませんが(当たり前!)、隣の芝の上で、練習してもいいとのことなので、これからボールを蹴ります!」。「ぬわにいぃ~!そんなイイこと俺抜きでするなぁ~!」とマジな気持ちでMAILを打つも、当然、無視。日本最高峰の真っ青な芝の上、自分抜きの家族がキャッキャッと戯れる写真が次々とMAILで届く。大黒柱には、楽しいひと時の証拠として「キーホルダー一つ」がお土産として届けられるのみの結果となった(くぅ~っ!泣)。
     
     土曜日(おととい)のオリンピック予選女子準決勝。感動ましたよねぇ~?皆さん!個人技では明らかに勝る北朝鮮に対し、女子代表は気迫でぶつかった。キッチリ決めるべき人間が決め、理想的な時間帯に追加点を取り、しつこいDFを繰り返し、再び追加点。そして勝利。まるで、「こうやって勝つのだよ~!」と男子フル代表に教えるよう。翌日の新聞に嬉しそうにウォーターファイトする姿が、その水の光といっしょに輝いていた 。

     試合後のコメント。「やれることは全てやった」「だから、負ける気がしなかった」「心がひとつになれば勝てると思った」。勝ったからこそ、言える言葉とはいえ、素晴らしい言葉のオンパレード。

     神様!ジーコ様、これだよ、これ。今のフル代表に足りないものは。観る者の心を打つ「ひたむきさ」。女の子の付く店に行っている場合じゃないでしょ?(気持ちはわかるけど。嫌いじゃないから。笑)。だから何だ!と言う気はないが、先制ゴールの荒川なんて普段、スーパーのレジ打ちしてるのだよ!「サッカー」だけに専念できる喜びをもっと感じて欲しいっ!男子の代表は。U-23にしろ、女子代表にしろ「ひたむき」で「貪欲」だもの、勝つことに。例え負けたとしても、国民は許してくれると思うよ~。だいじょうぶ?神様!ジーコ様!

     「すっげ~コーナーキック蹴ってたんだよ、Jビレッジの練習でも。10番と7番。絶対勝つ!と思ってた」。試合をTVで観ながら「J ビレッジ一人練習君」が自慢気に解説する横で、久々涙を流しながら、サッカーを見させていただきました。ありがとうございます、女子代表の皆さん。気持ちよかった~、気分よかった~!

     子供の前での涙を照れて、「川上直子(5番)、カワイイ~っ」とごまかしたら、「お父さん、プレーを褒めようぜ!まず褒めるのはキーパーだろ?」。よかった。。。コイツは親と違って絶対に女の子の付く店に行かないタイプだ(笑)。

    相互作用 

     曇り。夜になったら寒い。明日はもっと寒いらしい。

     
     昨日のスポーツニッポンの一面。「平山アシスト 田中達 一発」。サンスポは「平山アシスト! 田中達 弾」。(ニッカンは野球 高橋由伸でした。売れなかっただろうなあ…。)派手なところにスポットライトを当てなければ新聞は売れないから、当然の見出し。でも、昨日の1点の起点は間違いなく7番・石川のショルダーチャージ。ボールキープするギリシャ選手に、相手を飛ばすぐらいの勢いで肩で正当にチャージしてボールを奪取、顔を上げ、周りを見て平山にパス。そして田中へ。こんな展開だったと思う 

     「サッカーは格闘技!」。よく使われる言葉。基本として、サッカーは「ボールの奪い合い」と「陣取り合戦」を組み合わせた「手でボールを扱わない」スポーツ。肩でのチャージはルールで正当に認められた行為だし、この激しさがないとサッカーがサッカーで無くなってしまう。「当たり前だろ?」。そう、当たり前なのだが…。少年サッカーでは、これが実はそうでもない。

     小学生の場合、学年によってカラダの大きさが随分と違う。同学年でも個人差が大きい。カラダの大きい子が小さい子に正当にチャージすると、割と簡単に小さい子は倒れる。その瞬間、正当にもかかわらず「ピィ~ッ」。だから、カラダのデカイうちの子あたりは、普段の「コーチの言葉」と試合の「審判の笛」の間に揺れ、妙に優しくチャージに行っているのがミエミエだったりする(笑)。

     少年サッカーに於ける審判の役割は、とっても大きい。通常のレフリングに加え、そこに「ルールを教える」「マナーを教えること」が加わるから。子供は、審判がファールを取らなければ「やってもいいこと」と認識するし、ファールを取れば「やってはいけないこと」と学習して行く。審判が子供を育てる!と言ってもいい。

     で、これは残念なことなのだが、先日の我が地区の4年生クラスあたりの試合では、ケッコウ、「ええっ?」というレフリングが目立ったりする。正当なチャージをファールと取ってしまうのは、まだいい方(笛を吹くって、意外に慣れないと吹けなかったりする。。。)。走らない、見る位置が悪い(というより見ていない)、イエロー確実もののファールを取らない…。「絶対っ、普段、審判やってないでしょ?」と問いかけたくなる人が出てくることもある。考えられる理由は2つ。①同じような日程で上のクラスの試合もしているので、上級者・慣れている人はそちらに行ってしまう ②大きな大会になればなるほどコーチが途中で試合を抜けるわけにいかず、ペーパー有資格審判員がやらざるをえない状況になる、と、まあこんなところだろう。

     「んなヤツが大事な大会でレフリーをするな!」と言う気は全くない。4級を取って一年未満の僕が言えることでもないし。むしろ逆。バンバンやりましょう!そんな人こそ(こんなこと書くと審判部に怒られちゃうかな?)。積極的に手を挙げて「主審やらせろっ!」と大声でアピールしよう(笑)。やらないから、「ペーパー審判」な訳だし、やれば絶対に「またやろうかな?」と思うし、間違って恥ずかしい思いをすれば「普段の練習試合で練習してみようか?」と思うだろうし。自戒も含め、もう一度っ!初心者審判は、バンバン、審判をやろう!でもって、団の中で「師匠」を見つけ、言いたい放題、言ってもらおう!交流試合の時、相手チームに事情を話し、審判機会を独占してしまおう!(笑)。今後、我がチーム4年生チームと試合をする相手チームの皆さん、審判を出す必要はありません。全部、僕がやります(嘘、笑)。

     地域に上手な審判がいることが、地域全体の子供の技術向上に、絶対、繋がる。上手な審判の増加は、日本のサッカー界の発展に必ず寄与する(言い過ぎ?笑)。今から数ヶ月、今回の大会で審判をした人がバンバン審判をこなしたら、少なくても9月の我が地区の4年生クラスの審判レベルは間違いなく上がる。後期大会が「石川のチャージ」に溢れる大会になるといいなあ。そうすれば、「審判のやりがい」ある試合になって、また「上手い審判になりたいっ!」と思うだろう。審判が子供を育てる!と同時に、子供が審判を育ててくれるのも、また間違いない事実だろうし。

     上手な審判が多い少年団は「強い」、そして「礼儀正しい」団だと思いませんか?

    自分に厳しく! 

     すっかり初夏!「快晴」

     
     僕は伊達公子が好きだった。もう、大、大、大好きだった。顔や体形が好みだった?全然、タイプではない(松下由樹がタイプ!聞いてないって?)。では、何が好きだった?伊達は、無茶苦茶「自分に厳しいプレーヤー」だったからだ。
     
     テニスという競技は味方がいない(ダブルスは別だが)。だから、そこにコーチングはない。観客さえ黙るのが基本。プレーオン中、聞こえるのはHIT時の音、足音と選手の「気合い」の声だけである。

     今でこそ、「ハローキッズプロジェクト!」でいつも笑顔を絶やさず子供に接している伊達。現役テニスプレーヤーの頃は、もう「テニスの鬼」だった。相手のポイントの度に「シュウチュウ(集中)!」と室井管理官の「青島ああぁぁぁぁ!」ばりに叫ぶ。疲れて「足」が動かなくなり、ダッシュが利かなくなってくると「アシィィィ!」と怒鳴りながら不甲斐ない(と自分では思っている)太腿、ふくらはぎをバシバシ叩く。僕はテレビの前で拳を握り締め、目から涙を大ちゃんのようにドボドボ流しながら(こういうのに一番弱い、泣)、毎試合応援していた。パワー系の外国人相手に戦う前に、「自分に負けない」という強い姿勢が、その言葉から、まず、感じられた。ATP世界ランク4位まで行ったのは「自分への厳しさを保つための声」の力も多分にあると言っていいと思う。

     「言葉」とは不思議なもので、「思う」だけよりも、はっきりと「口にする」ことで、その人に力を与えてくれるものである。「言霊(ことだま)」、「呪(しゅ)」(呪いではないです、念のため)と呼ばれる所以は、そこにある。

     さて少年サッカー。「ターン」「マノン」「フリー」等のコーチングの言葉は大きくクローズアップされるし、今や全てのコーチが子供に要求する(サッカー協会会長だってA代表に要求している、笑)。しかし、残念ながら、伊達のような「声」が話題に上がることはない。精神論に走る気はサラサラないのだが、この手の「自分への厳しさを保つ声」は、もっと子供に要求してもいいのでは?と個人的に考える。コーチとしての自分を離れ、「スポーツをさせる親」に戻った場合は、なおさらである。スポーツから学んで欲しいことの一つに「自分に負けないっ!」ことがあるからだ。その「自分に負けないっ」ココロ(克己心)を養うために、一つの方法として、自分への・自チームへの叱咤、激励の言葉を発することは、決して間違いではないし、教えなければならないことではないだろうか?

     「ドウデモイイヤァ~」「イタソウダカラ」「コワイカラ」「マニアイソモナイカラ」「ツカレタカラ」「モウダメダヨ」…。こう思った時、逆の言葉を大きな声で発することができるチーム。そして、何より「チーム」という大きなカラダに「文句」でなく「渇ッ!」を全員が入れられるチーム。そんなチームに一年後、必ずなろう!

     我がチーム新4年生チームの今年のテーマは「自分に厳しく!」。